2004年10月30日

被害者感情

 なるほど。ばやさんの意見としては、現行の死刑制度に反対とうことやんね??逆にいうと、死刑の制度を変えるなら賛成と。具体的には二点あげてるけど、一点に要約できる。それは現在の死刑制度は、被害者遺族の立場に立っていない。だから被害者遺族のために、執行を早くするべきやってことやんね??

 まず冤罪の話。これはばやさんのいう通りさほど問題ではない。死刑囚の中にもランクがあって冤罪の可能性が匂う人は、死刑執行しないように上から指示が出るみたい。冤罪の可能性がないやついしか結局死刑しにくい環境は整っている。だから冤罪はこの際無視してみる。

 じゃあポイントはやっぱり「被害者遺族の感情」一点やと思う。ここで俺の疑問は「本当に被害者遺族は死刑を望んでるのか」という事。
今、現在の日本のリアリティーでは、被害者遺族は死刑を望まなくてはいけない環境にされている。誰に強制されるでもなく、内側から、それが被害者への最善の供養だと思わされる。もちろん周囲もそれを望む。いや周囲が望ませている。そうすることが被害者遺族の務めだと言わんばかりに。以前にブログに書いた「血の優位」の力が働いているように感じる。
ここで被害者遺族は、へゲモニックな権力によって二重の戦いを強いられる。1つは、誰もが理解する、「家族の死に対する戦い」。悲しみを乗り越えるための戦い。そして2つは、「加害者を殺すための戦い」。つまり死刑のために行動し続けるための戦い。本当に心から2つめの戦いを望んでいるのか。2つ目の戦いによって1つ目の戦いに終止符を打つことができるのか。

2004年の日本では2つめの戦いを強制的に求められる。モブの言葉を借りると、「血の優位」。人々は家族というものを神聖化しすぎる。だから「介護入門」という結構論には矛盾がある本が評価が高かったりもするんやと思う(介護入門好きな人はごめん)。
人々は、絶対家族のために加害者を殺す戦いをしなければならない。「武士道的な心」。相手を殺すことで何かが達成されると考える。それが、1つ目の戦い、つまり被害者感情の解消を成功させると信じられいるように見える。
俺は思う。日本はもっと息苦しい方向に向かっている。国民全体が第二の戦いを認める。その欲望の体系化が「裁判員制度」の誕生。裁判員でなく国民が国民の死を決定する。法に従う裁判官より、情に従う国民に裁かせたいし、裁くべきだという感情が日本にはある。「裁判員制度」の誕生によって、ますます被害者遺族の戦いは激しく推奨されていく。
 俺は被害者のことを考えるからこそ、死刑反対だす。現在の被害者遺族にはヘゲモニックな権力が発動している。
posted by かじゅき at 15:34| 京都 ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

介護入門

 今日モブの「介護入門」読み終わりました。俺には文章の良し悪しはわからんし、芥川賞取る位やし、やっぱりそれなりにはいいんかもしれん。まぁ基本的には内容面でしかコメントができないのがつらいれす。

 モブはしきりに言う。介護ってのは、「血の優位」なんてもんじゃない、「記憶の優位」だと言い切る。確かにそうかもしれない。っていうか、介護以外の全てに言えること。結局は、「血の優位」ではなく「記憶の優位」やと思う。いや「記憶の優位」ってのも怪しい言葉なんかも。あくまで理論上では。
 
でも自分の体験と照らし合わせると、そう言い切ると少し躊躇する部分はある。それが「血の優位」かんと思う。俺の場合、小6のころ入院してるおかんを見舞いに行った。おかんの体からは、何本もの管が出てた。その管からは、排泄物が流れ出る。はっきり言うと汚いもの。たぶん匂いも臭かったと思う。
何かのアクシデントで管から、液体が流れ出る。そして床一面に液体にみるみる広がる。その時、迷わず液体をふき取ろうとした。俺のその時の行動は何やったんやろうか。「血の優位」があるから、体が勝手に動いたのか??それとも「血の優位」というものが社会に充満してるからこそ、おかんを傷つけないないために自分から拭きに行ったのか??

これに対して他人に意見を求めたとき、きっと前者やと答えるやろう。というかむしろ後者ということができない。それが「血の優位」の力。何だかんだいうても、親、兄弟の話になると他人は口が出せない領域になる。そういう「血の優位」が社会にはあると思う。

もぶはそれにどっぷりはまってると思う。「血の優位」何て糞くらえっていいながら、結局世話をしない親戚に苛立ちを覚えている。「記憶の優位」を主張するなら、親戚以外にも怒りをぶつけても良いと思う。でもその選択肢はもぶにはない。ただひたすら親戚に文句意を言う。
そして介護職の人にも文句を言う。偉い人もいると言う前置きはあるものの。所詮他人にはわからんし、金目当ての者たちよみたいな言い方をする。

あと一番疑問なんは何で主人公は働かないん??それが最後までわからんかった。
posted by かじゅき at 01:34| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 作品論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月29日

とりあえず発表終了

 昨日制作の時間に死の宣告されてた割りには叩かれませんでした。ようは形式というか文章の問題が一番。AERAをとりあえず読めということ。やわらかい文章は、去年綿矢りさの『インストール』よんだんがはじめて。それがやっぱり障害に・・・。AERA的文章はやっぱり書けるようにならんんと。
  
 とりあえず論自体はおかしいとは言われてないし、前の類型復活させる方向で。んで論っぽい文章をカット。無駄な描写はカット。だいぶ少なくなりそう。

 さいわい3限にぐろが「インタビュー相手が見えない。無理やりいわしてる」っていう批判は逃れられた。インタビューはこれ以上ないくらいうまく言ってるという評価。でもいい魚釣ったのに、料理の仕方が最悪とのことです。新鮮まぐろをみじん切りにした感じらしい。

 結局ビッグイシュウー班の意見が参考になる。なぜコスプレするのか。『相手志向』=焼肉と『自分志向』=コミケ、メトロ、両方含むのがメイド喫茶。コミケの違いは『モダン』か『ポストモダン』か。これが軸として見えてきた。

 そして一番いいとされる『ポストモダン』志向のメリットと限界をまとめに。限界がまだあやふやかもやけどいい感じになると思う。提出は20日後なり。
posted by かじゅき at 23:38| 京都 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | ゼミ<コスプレ> | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月27日

死刑制度

 400字レビューでっす。前の「純化」という言葉を分かりやすくしてみた。んで「A」っていう映画みたし、オウムのことも絡めながら書いてみましたでつ。


 人が人を裁く。この不思議な光景は一体何なのだろうか。

 人は、決して仲間を裁くことはない。例えば、親や兄弟。自分の住む地域。そして日本というもの。同じ仲間だという意識がある間は裁くことはない。

 しかし、現実には同じ日本人を裁くことが多々ある。例えば、オウム真理教。同じ日本人にも関わらず、徹底的に裁こうとされる。まるで、日本人ではない、別種の存在として扱うことで。オウムの中には、犯罪を起こしていないものもいることは言うまでもない。しかしそのことに触れることはタブーなのである。

 ここには、敵を作りたいという願望が見られる。分かりやすい敵を作ることで、自分は正当であるということを意識する。分かりやすい敵というもののために犯罪や宗教というものを利用する。実際、犯罪を犯しているかは問題にならない。ただ敵を作りたいのである。

 そういう意味で、死刑という制度は、敵を作り出すのに最も適したシステムである。
posted by かじゅき at 16:15| 京都 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月26日

DENSO

 はい。恒例の火曜日企業説明会。今日は「デンソー」。車とかの部品作ってる感じみたい。でもそういう企業はやっぱ理系が強そうな感じ。アパレルでいうと「東レ」、他やと「京セラ」とかのイメージ。
 やからあんまり俺的にはなしかなー。でも「デンソー」にしろ「京セラ」にしても企業としてはかなりよさそうではあるなー。

 んで前からちっと話に出てる「ロレアル」の話。今日ミーティングした結果やっぱりやめようかという感じになりました。やっぱりグループやともめごとが増えそうやと判断しました。
 一応俺は本戦に備えてコトラーっていう人の「マーケティング」関係の本2冊読んだんやけど、周りにそれはやっぱり要求できないなーと。予選問題もあんまりやってきてなさそーやしって感じです。
posted by かじゅき at 21:34| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 企業情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月25日

女性の社会進出に伴う変化

 卒論ネタ。以前出してた血液型のんは中止です。似たようなんあったし、一緒ではないけどいまいちでした。
 
 というわけでネタ探し。やっぱり性ネタなのかという気もします。でもなかなか思いつかん。どうすればよいんやろか。と思ってます。

 とりあえず、ゼミ後の飲み会でちっとありかなと思うねた。最近(っていうか昔の話はわからんねんけど・・)女性の男性観どっちかというと専業主婦タイプの人間が増えたのではないか。という疑問。
 これは女性の社会進出と逆流するなる流れ。なぜか??普通に考えると女性の社会進出に伴って女性の男性観も、男女平等になるはず。しかしながら実際はそうではないかもしれない。

 ただしこれは本人のリアリティーによるかもしれないし、現在の状況の正しい認識かわからーん。その場にいた4人のうちでもリアリティーはずれる。だからもうちっと広く情報を手に入れる必要はある。
posted by かじゅき at 21:17| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ゼミ<卒論> | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月19日

TOYOTA、みずほ

 今日は「トヨタ」と「みずほ」。どっちも超大手って感じ。業種自体は両方ともノーマークやったけど、希望の職種は両方ありそうやし、エントリーはしよかなって感じっす。

 何か最近ますますマスコミから離れてる気もする。何か業種は決まる気配ナッシングやわー。とりあえず、今週は「ロレアル」の問題を解くことと、日本放送のエントリーシート書くこと、時事問題に専念せねばー。

 とりあえず明日は台風やし、グループ研究は休みでっす。 
posted by かじゅき at 00:00| 京都 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 企業情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月18日

郵政民営化

 テレビタックルを見てまふ。なあーんかなー。よくわからんなー郵政改革。郵政改革基本的に俺は良いと思ってるんやけど、どうも流れがよくないみたい。

 とりあえず反対派の意見がよくわからん。@特殊法人に金回してるって言っても無駄使いをしてるのは、特殊法人。→じゃあ根元を断てばいーやん。体質がずっとかわらんから民営化なんやろ。Aユニバーサル・サービスについて。これも民営化したら地方が潰れるとか、ぎゃーぎゃー言うてる。でもいまんとこ地方も残すってことになってるならいーやんみたいな。NTTと比べるのはいかがなものなのか。NTTはなくても電話はつながるやん。B年金が先やろって意見。別に順位は必要ない。両方やればいーやん。
 まぁとにかく今日のタックルはよーわからん。大竹・阿川があんだけ片寄るんやーみたいな。

 ってかそもそも@無駄な雇用。民がこんだけリストラされてるんやからやむを得ないやろ。A郵政族。→関係ないやん。Bコスト。国やから赤字じゃんじゃん出せる。赤字について言っても必要なことで逃げる。確かに必要な部分もあるけどいらん部分もあるやろーって。

 高速と違って、一枚クッションがあるから利益が見えにくいけど、根底は一緒やと思うんやけどなー。違うんかもしれんけど。偶然読んだ本に影響されてるだけかもしれんけど。まぁ久しぶりにタックルで気分が↓になってますた。

 
posted by かじゅき at 22:01| 京都 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月16日

ロレアルへGOー

 今日はロレアルの説明会。外資系の企業ということで少し緊張。そこでふと思う。学校以外てスーツで行くんかなー??よくわからんけどスーツで行くという結論で行ったらスーツと私服半分づつという普通の結果。悩んで損しました。

 内容は企業説明半分。就職に直結する可能性の高いゲームについて半分。ロレアルって、日本から撤退するてうわさを誰かから聞いたけどたぶんそんなことなさげ。ロレアルの化粧品が百貨店にないんは戦略みたいやし、まぁ自社ブランド内のすみわけ??みたいなのり。
 日本は世界で二位の化粧品市場みたいやし、アジア戦略の起点でもあるらすい。ただ外資やし英語がいりそうな空気は流れまくり。。。。

 ゲームについては同じ大学で三人一組でエントリー。しかも経営シュミレーションということで日本人の参加はそんなに多くないみたい。世界では3万チームくらい出てるらしいしまぁきついことはきつい。
 とりあえず11月までは予選へ。まぁなんしかやってみまっす。
posted by かじゅき at 19:52| 京都 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 企業情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月15日

まさかのアクシデンツ

 今日は取材初日。しかしながら取材対象が体調不良により、撮影が不能に。なかなか厳しいなぁ。やっぱり撮影にはアクシデントが多いなー。前は台風やったし。

 んで変わりにかじゅきが出演。2カットやけど。決して出たかったとかそんなんじゃないですよ。だって化粧されるシーンやし、口紅見てるシーンやし・・
 何かその店の店員の一人がむちゃ撮影にきれてて超きまずかったし。ちゃんと許可はとったのに・・

 てな感じで今日はあまり撮影できなかったです。
posted by かじゅき at 00:00| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 制作実習<TG> | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月14日

『新しい時代の夜明け』

 コスプレは、様々な“衣装”を身に着けるだけでなく、そこに造りだされる“空間”を受け入れることによって「変身」を可能にさせていた。ある時はメイド、ある時はガンダムのラクス、またある時はセクシーな衣装に身を纏った誰か。それは見た目だけでなく思考までもを“今の自分”から“違う自分”に変身させてくれる。
 しかし、メトロ大学のK´さんやコミケで出会った本城さんは、それでもコスプレに“自分らしさ”を求めてしまった。いや、求めざるをえなかったのかもしれない。それはちょうど私たちが「イメチェン」と呼ぶ、髪型を変えたり、服装を変えたりする行為に似ている。変身した瞬間は、”違う自分”になれる。しかし、"違う自分”に重心を置き始めた途端、それは”今の自分”になり、また新しい”自分らしさ”を求めることになる。
 それが、コスプレが可能にさせてくれる「変身」の限界なのだろうか。いや、私たちはそうは思わない。”違う自分”になりきるレイヤーやメイド喫茶で働く女性。性に対する意識を変える、コスプレ焼肉で働く少女たちを見ていると、新しい時代の夜明け前を感じさせずにはいられないのだった。
posted by かじゅき at 02:30| 京都 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月13日

マスコミ系へ

 昨日、今日で「テレ朝」「NHK]「朝日新聞」「読売新聞」「リクルート」の説明会行ってきますた。

 個人的に新聞系では「読売」が印象良かったかな。この際色はあまり気にせず。というか新聞社の時点である程度仕方ないことやとも思うし。ようは行って楽しそうかでいうと比較的読売やった。

 放送系では「NHK」の方が良かった。まぁあくまで説明がね。役職が細かく分かれてる方がいいかなって。

 あと予想外に「リクルート」が良かった。自由そうでねー。でも実際どうなんやろか。そうやって何かに縛られることにおびえすぎてるような気もする。「フリーター」戦略が成功してる会社だけに言葉がたくみなだけなのか。いずれにしろ心に響く説明ではあった。
posted by かじゅき at 20:36| 京都 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 企業情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月12日

ラーメンブーム

「400字レビュー」です

 長い間叫ばれるラーメンブーム。街にはラーメン屋が溢れている。なぜ日本人の間でこれだけ、ラーメンが支持されるのだろうか。

 ラーメン。別名中華そばと言う。しかし中華そばとは、中国のそばということを意味しない。これは、日本の黒そばと識別するためにつけられた、いわば便宜上の名前である。更に、スープは醤油や、味噌といった日本独自の調味料が使われることが多い。

 現在、ラーメンは中華料理と思われることが多い。確かに、ラーメンは中国から伝わったものなのかもしれない。しかし、今や麺やスープは様々に日本風に改良されている。もはや中国料理と呼ぶには程遠い食べ物といえる。ラーメンは日本人の手により、日本人のために作られた料理である。

ラーメン人気の核心は、ラーメンが中華料理ではなく、中華風和食料理であることだ。
posted by かじゅき at 00:00| 京都 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月11日

『メトロ大学』

 「メトロ大学開講」
8月某日、私たちは京都のとあるライブハウスに出かけた。今夜、ここで「コスプレ」についての講演会が開かれるという。このライブハウスは、毎週様々な分野の人々を呼び、まるで大学のように講座を展開している。普段はライブハウスなのに、中は暗くてひっそりとしている。ドキドキしながら中に入ると、そこには小さな舞台を前にして椅子がずらっと並んでいた。その光景に多少圧倒されながらも、私たちは迷わず一番前の席を選んだ。すると店の奥のほうがなにやら奇妙な光景だった。コスプレの衣裳に身を包んだ人々が、まだ始まる前だというのに楽しげにアルコールをあおっている。メイドのような服に身を包んだ女の子と、なにかのキャラクターを意識したであろう男の戦闘服…。そしてよくわからないアニメのTシャツの男が二人。皆、一様に異様な雰囲気だったが、どうやら彼らが今夜の主催者であるらしい。そう、彼らこそ今夜の主役であり、そして私たちの講師なのである。
 「えー、では少々時間はずれ込みましたが、これよりメトロ大学“コスプレ講座”、始めていきたいと思います!まず、自己紹介から。私、コスプレ専門店の元店長のもりもりです。どうぞ、本日はよろしくお願いします!」最初に舞台の袖から飛び出してきたのは、小太りで明るいかんじの、俗にいう“今ふう”のオジサマ。アニメのキャラのTシャツさえ着ているものの、聞き取りやすいテンポのある喋りかたでオタク特有の粘っこさはない。「元コスプレ専門店の店長」という言葉と目の前の彼に多少ギャップを感じてしまう。次に、“今ふう”オジサマこともりもりに紹介されて出てきたのは先ほど異様な格好をしていた男である。すらっと背は高く、長めの髪に整った顔立ち。彼の名前はK´(Kダッシュ)。自称レイヤード・日本代表である。そして彼の衣裳は青のマントに白の縁取りの戦闘服。“鋼の錬金術師のイケメンキャラ”の衣裳だという。もりもりの店で買ったとのことで、その衣裳代五万円。その衣裳はキャラの特許をとったロゴ入りの本物の衣裳だそうで、その稀少性からそれくらいの金額はくだらないらしい。はっきり言ってこの手の衣裳は人気のアニメということもあり、似せて作ったものは安くていくらでもある。しかし、あくまで本物にこだわる。そのこだわりと惜しまないお金の使い方に、彼のコスプレに対する熱い思いが伝わってくる。
 *前半は描写やし、量で問題でたら減らすのみ。訂正は特になしです。

  「コスプレの始まり」
「みなさん、こんばんは。K´(Kダッシュ)です。まずはコスプレの歴史について話を進めていきたいと思います!」こう前置きして彼は黒板を使って、非常に興味深い話を始めた。まず、コスプレは二つの意味を持っていたこと。一つ目はおたく文化から派生した趣味、もう一つは社会風俗から派生した女性がするサービスのことである。今日話す内容は、明らかに前者である。まず、コスプレはいつくらいから始まったのか。
「日本には、“オタク”と呼ばれる人種が多いですよね。それは日本の文化においてアニメや漫画が海外に比べてかなり発達していたからなんです。日本では、アニメや漫画はどんどん多様化してきています。そういったこともあり、次第にアニメのキャラクターの格好をする人が出てきた。最初はやっぱり、アニメや漫画にはまってその中に出てくるキャラクターに対する憧れからやり始めるんですよ。僕もそうでした。コスプレイヤー同士がお互いに好きな漫画やアニメを共通の話題にすることで、交流が深まっていったんです」彼はここまで一気にまくし立てた。日本の文化に誇りを持っているのが伝わってくる。1994年頃からコスプレは繁栄期を迎える。そして、コスプレブームはあるモノの普及がきっかけでまた風向きが変わったという。
 「1995〜98年は、コスプレの商業化が始まって、消費概念が拡大していくんです。大体、このあたりから撮影重視のイベントとかが増加してきてコスプレイヤー同士の一体感がなくなってくるんですよね。それはなんでかというと、1998年頃からパソコンの普及が大きいんです。今までとは違ってパソコンの普及で、そのコスプレしてる写真を見て、単純に衣裳がかわいいからとかかっこいいからやるって人も増えてきた。いわゆるブームってやつです。まさにいろんな人がコスプレを気軽にやり始めたんですよ」
彼はそう言うと、ふんと鼻で笑った。その顔は興味本位でコスプレする奴は目障りだ、とでも言いたげだった。彼は言うまでもなく、何年もレイヤーをやり続けているのである。

*下の2行は、モダン系批判をできてるいい文章と思う。
*日本の文化に誇りを持っているのが伝わってくる。ってのを加えた。別にいらんねんけど、いかに変身より知識などに重心を置き始めてるかを表現したい。

  「コスプレ界変動〜共通の世界観の喪失〜」
 このことからわかることがある。それはまさにレイヤー同士の共通の世界観の喪失ではないだろうか。一方は、自分がしているキャラクターのファンであり、もちろんその漫画のストーリーも完璧にわかる。しかし一方で、自分がしているキャラがなんのアニメかさえわからずに、ただその見た目に惹かれてコスプレをする…。彼らの中で達成感や仲間意識はもはや生まれないだろう。いうなれば、最初は一通りしかなかったレイヤーのカタチが分裂したともいうべきなのだろうか。そうなればK’さんのようにコスプレやキャラクターに思い入れがある人は、ますますオリジナルや知識に固執し始める。どうやらコスプレ界に変動が起きていたようだ。     
 そして、さらにK´さんは重要なことを教えてくれた。「今、レイヤーのなかで主流となっているのがコスネームをつけることなんです。彼らはコスネームを作ることによって、『コスプレをする自分』と『コスネームを持つ自分』という二重のロールプレイングをしていることになるんです」コスネーム。この言葉で、コミケ会場でインタビューした本城貴嶺さんを思い出した。彼女もまた、“コスネーム”を持つレイヤーの一人だった。そして彼女はうまく“自分”と“コスプレイヤーとしての自分”と”キャラクターになるコスプレイヤーとしての自分”を使い分けていた。変身の上の変身。それがまさに二重のロールプレイングをするということなのだろう。
そして最後に、自称・レイヤード日本代表のK´さんはこう言った。
「レイヤードとは、『重なった状態』という意味で、私の造語です。ある個人が自らの意思により『衣裳』と『キャラクター』に重なり、全く別の新しい存在になった状態の個体を指すのです。コスプレはまさに、キャラクターと、個人と、衣裳が合わさり『レイヤード』となる、三位一体の技なのです・・」メトロ大学は静かに幕を閉じた。

*二重のロープレの認識が少し違ったし、俺の解釈を書いてみた。
*あくまで俺はK’は近代的と思ってる。だから一文挿入した。

「若者を魅了するコスプレ」
 コスプレをすることは、まさに違う自分になることである。それは見た目(衣装)だけでなく、思考(キャラクター)も、違う自分になりきる。これはK´さんが話すコミケのコスプレに限る話ではない。私たちが取材した、コスプレ焼肉やメイド喫茶にも同じことが言えるだろう。違う自分に変身する。そのために衣装や空間は、変身を手助けする。
私たちは普段髪型を変えたり、服装を変えたり、ちょっとした“変身”を楽しんでいる。その根底には、違う自分になりたいと欲望が潜んでいる。潜在的に変身願望をもつ、今日の若者たちにとって、見た目だけでなく、思考をも変身できるという魅力がコスプレへ走らせているのかもしれない。

*個人主義は抜いてみた。論っぽく見えるから。
*方向性はこんな感じでいいと思う。書き方で悩む。
posted by かじゅき at 00:00| 京都 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月10日

『コミケ』10/10

 
コミケに熱狂
まだ七月半ばだというのに、夏本番の強い日差し。照り返す太陽がまぶしい。目の前にはすでに一糸乱れぬ、長蛇の列が出来ている。ここは南大阪のじばしんイベントホールである。今日はここを会場としてコミケが開催されるのだ。私たちは戸惑いながらもその後に続く。まわりを見渡すと、みんな見た目こそ違うものの、どこかしら似たような雰囲気が漂う。手には大きい荷物とそれぞれパンフレットを持ち、10時に開くはずのドアを今か今かと見つめている。
 10時きっかりにドアが開いた。会場の中に入ると、コミケらしくすでに同人誌の販売やアニメのキャラクターの手作りグッズなどが動線の両側で所狭しと販売されている。そうこうしている間に、会場はあっという間に人がいっぱいになった。いつの間にか、レイヤーたちがどんどん増えてきている。今回は、主にジャンプのアニメがメインらしく、レイヤーには「テニスの王子様」、「鋼の錬金術師」、「NARUTO」のコスプレが多い。しかし、それ以外にも色々いる。ハリーポッターコスプレの「ポッタリアン」や、天使に、ガンダムなどである。

数時間の別世界
その中で、ひときわ目立っている女の子が目に止まった。一見、モデルと見間違うくらいの細くて長い足が鮮やかな水色のミニスカートから伸びている。上に羽織った長いオレンジのひらひら上着が、スレンダーな体型を強調している。彼女のまわりには、不思議な雰囲気が漂っていた。
彼女はとても知り合いが多く、歩くたびに声をかけたり、かけられたりしている。これが本城貴嶺さん(仮名)の第一印象である。彼女は若干18歳。その年齢には似つかわしくない、大人びた顔と、はきはきした喋り方。

なぜ、彼女はコスプレをするのだろうか。「家がコスプレ用の服を作っているっていう影響もあるけど、やっぱり自分の趣味かな。ちなみに今日のコンセプトはガンダムのラクスなんです」。彼女の家は、「えんじぇる★も〜ど」というコスプレ制作のお店を出していて、主に通販で売り出しているという。彼女が堂々と会場内を闊歩するわけは、その着ている商品の宣伝のためでもある。
 しかし彼女がコスプレをするのは、宣伝だけのためではない。「やっぱりコスプレをやるのには、違う自分になれるっていう楽しみがあります。毎回キャラクターを変えるたびに、衣裳も変わるし、新しい自分になれる感があって…」。それは今の自分に満足していないということなのだろうか。常に求める違う自分や新しい自分。その裏側には、現代社会への不満や、自己に対する不満があるのでは?
「そんな大袈裟なもんじゃないですよ。ただ楽しいじゃないですか。その数時間だけは現実とは違う世界にいて、いろんなキャラクターの人と喋って盛り上がるのって。それが終われば衣裳も脱いでまたいつもの自分に戻るんですけどね」カラカラと笑いながら、喋るその様子は、どこかさっぱりしていて割り切っている感じがした。
 それにしても会場には女性が多い。8割以上は女性である。いわゆるカメコという存在はほとんど見当たらない。コミケには、コスプレ焼肉やメイド喫茶のような、男性の視線はない。なぜなのかを尋ねると、「そういう風に見る人は嫌がられるんですよ。いやらしい目で見られるのがいや。ナンパならよそでやれとって感じです。女としてほめられるより、衣装とかキャラを褒められる方が嬉しいんですよ」と言う。たまに見る、露出の多いコスプレは?「なりたいキャラクターが偶然露出が多いだけですよ。男性が多そうな会場では着ないようにしてます」。

素の自分じゃおもしろくない
それにしても彼女は、うまく“自分”というものと“コスプレイヤーとしての自分”を使い分けている。例えば彼女の名前、これはもちろん本名ではない。コスプレイヤーならほぼ全員が持っている、この世界での“コスネーム”なのだという。本城貴嶺として、そのキャラクターになりきることで匿名の世界でめいっぱい楽しむのだ。ただコスプレをするのではなく、そのキャラクターになりきることはそんなに重要なことなのだろうか。
「うーん、重要というか・・せっかく何かのキャラクターの衣裳を着るのに素の自分じゃおかしいし、つまんないでしょ。でも会場内でずっとそのキャラを維持するの、なかなか難しいからみんな一番なりきるのって、やっぱり撮影のときじゃないですかね」。この一言で、会場内で見かけたさまざまな風景に対する違和感が一気に解消された気がした。
そう、コスプレイヤーの人々の多くは“撮影”を目的として足を運んでいる。あちこちで見られるフラッシュの嵐。そんなとき、撮られる側のレイヤーたちを見てみると、決まってなにかのポーズを作る。普通のピースはまずあり得ない。必ず自分がしているそのキャラクターを端的に表すことのできるポーズを作るのである。この貴嶺さんも例外ではない。何度か撮影に応じてくれたとき、決まって色々ポーズをつけてくれる。そこには照れなど生じない。カメラに撮られる瞬間、もう“自分”ではなく“本城貴嶺”としてそのキャラクターになっているからである。しかし、それは会場内だけに限られるという。会場の外でまで“コスプレ”をするのはルール違反。それはコスプレイヤーたちの間で暗黙の了解なのだという。

被るキャラクター
 更に会場内の、一人一人を観察すると、ある面白いことに気が付いた。彼らには法則がある。それは仲間を通じて、その作品を完成させようとすることである。その中で彼らにはキャラクターの設定があり、それぞれがキャラクターになりきり、作品を楽しむ。しかし、当然ながら人気のあるキャラクターなら必然的に他の人と被ることもあるだろう。
 「確かに、レアキャラとかじゃない限り、メジャーなアニメはキャラが被りがちですよね。だからみんな最近アレンジするんです。ただし、あくまでもそのキャラの特徴とかは変えないんです。微妙に色を変えたり模様を変えたり。自分のオリジナルでそのキャラを表現するんですよ」。しかしこのアレンジというものには、現代社会に充満する「個性主義」を感じずにはいられない。人と同じでは嫌。自分オリジナルを求める傾向である。もちろんレイヤーの全てがそうではない。しかし本来キャラになりきる没個性のコミケ社会にも、個性主義が侵入し始めているのかもしれない。

コスプレはどんどん広がる
最後に彼女に質問した。今後コスプレはどうなると思う?「今はまだコスプレは社会には反適合な感じがします。全体的に偏見の目とかあって認められてないっていうか。でも、これからどんどん広がると思います!もうすぐ社会に求められるんじゃないかな、コスプレが。そうなったとき、私たちを偏見の目で見てた社会を見返したいですね」にっこり笑って最後に彼女はこう言った。
いわいるおたくのように「自分らの文化は一般人にわかるはずがない」というスタンスではない。社会に反適合と見られているとわかっているからこそ、「変な人たち」とみられないように、レイヤーはルールやマナーと言ったものを厳守する。コスプレが社会に求められる時代、果たしてそんな時代は来るのだろうか。いや、もう近くまできているのかもしれない。彼女の言葉はそう思わせられるほどに、妙な説得力を持っていた。

* 「数時間の別世界」で、女性が多いこと・カメコのことについてわたるさんの話と誰かの話混ざったんいれてみた。本城さんは何か言ってたっけ???「焼肉」「喫茶」で男性の話してるし対比としていれよかなって。先生も女そんな多いん??って聞いてたし。
* あと題名について考えて。あと火曜か水曜できたら集まりたいから、空いてる日報告して。
posted by かじゅき at 06:45| 京都 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月09日

『コスプレ焼肉』10/10

 コスプレ。それは多少耳にしたことがあるものの、まだまだ馴染みのない言葉である。その言葉に帯びたイメージは、なんとなく、いやらしい。オタクっぽい・・・といったものではないだろうか。
 2002年8月13日(火)、TBSニュースの森で「コミケに熱狂48万人」と題された特集が放送された。35度にもなる会場に3日間で48万人が集まったのである。そして今年2004年も例外ではなく、全国各地でコミックマーケットやコスプレイベントが開催され、あまりの参加者の多さに会場を急遽増設するところもみられた。
またコミケでされる以外のコスプレ。例えばスッチー、ナース、女子高生などのコスプレも存在する。風俗業界は不景気の中、今だに巨大市場を持つ。コスプレしゃぶしゃぶ・焼肉なども年々増加している。更には、ラブホテルやプリクラを置くゲームセンターでは、制服は必須アイテムとなりつつある。
 今、コスプレをする人たちは年々増え続け、その数は何万人というものである。この現象を、マイナーな目で見ていくことはもはや限界かもしれない。何万人もの人々を魅了するコスプレとは、一体なんなのか。そしてコスプレを通じて得られるものとは・・?
その答えを見つけるべく、私たちは出かけた。

見るだけにして欲しい。それ以上は・・・うざい。Or勘違いが腹立つ。
日本橋。最近は東京系列の大型家電量販店が都心に進出してきたせいか、電器の町としての活気はあまり感じられない。数年前に倒産した大型百貨店のビルが、その一等地にそびえたっており、シャッターの目立つ商店街に夕闇が訪れた。
少し場違いな、風俗店を思わせる派手なネオンの立て看板の先に、その店はあった。煌煌とした店内。コスプレ焼肉というネーミングからは想像できない予想以上の明るさに多少拍子抜けしつつ、店内に入ると奥の席にはすでに一組先客がいた。
「いらっしゃいませ〜」と、店の奥からけだるそうに声がした。黒のミニのメイド服に編みタイツというセクシーないでたち。彼女が最初にテーブルについてくれたリカさん(仮名)である。ぽろぽろと、彼女は色々なものをこぼしていく。野菜に油に、箸からするっと落としてしまう。その度に、はにかむ笑顔がかわいらしい。セクシーな格好に似合わず、彼女の雰囲気はどこかほのぼの、おっとりしている。どうして、コスプレ焼肉で働いているのだろうか。
「やっぱり、時給がいいからかなぁ。1300円は大きいでしょ。家からも近いし。でも、明日でこのバイト辞めるんですよ」そう答えた彼女は少し残念そうに俯いた。なぜ、明日で辞めてしまうのだろう。
「実は、このバイトやってるの彼氏にばれちゃったんですよー。それで別れちゃって、ヨリ戻したいからやめようと思って」なるほど。しかし、なぜ彼氏に黙っていたのだろうか。
 「そりゃあ言えないですよ〜。彼氏どころか親にも言えない!別にやましいことするわけじゃないけど、やっぱりこんな格好だしね」そう言いながら、彼女は改めて自分の着ている服を見回した。短いスカートからは太ももがほとんどのぞいている。今日はメイド服だけれど、毎回違うのを着るのだろうか。「ほんとはいつも制服着てるんですよ。でも今日は気分転換てゆうか、友達と交換したんです。でもいつも着る服は大体決まってて、そんなに色々着たりしない。お客さんの要望があったら着替えるけど」あとからテーブルについたアヤさん(仮名)も、「そうそう。着るのはいつも露出が少なめのやつを選んでる。毎回変えるのとか面倒くさいしね」と、相槌を打った。しかし、コスプレ焼肉で働くということは、少なからず、客に性を提供することになるだろう。
 「たまに勘違いして触ってくる人とかいるけど、そういう人が一番腹たつ。あと、やたらじろじろ見てきたりとか。ほんとキモい」アヤさんは憤慨して机を叩いた。隣のリカさんも、うんうんとうなずいている。しかし一番いや客はと尋ねると「自分らだけで話をしてて、私に無関心な人。だって私いらんやん?ってなるし」。話を聞いていると彼女たちの言うことは、どこか矛盾している。“コスプレ焼肉”には、男性が性的なものを求めて来ているということを十分理解しつつも、性的な目で自分のことを見られるのは嫌がっているのだ。「お客さんが“コスプレをしている女の子”を見にくるのはわかってる。だから見るだけにしてほしい。携帯を聞いたり必要以上のことをされるのはうざい」といって二人揃って顔をしかめる。
*日本橋の描写。俺ら三人は反対したけど先生的にはやっぱり必要みたい。でも理由は日本橋を説明するわけではないとも言ってたし、あくまで少なめで。怪しい雰囲気を出すために「活気がない」「倒産」「シャッター」のフレーズを残した。ホームレスは個人的に明らかすぎかなって思ってはずしてみた。
*あと自給って1300円やったっけ??勝手に載せたけど誰が覚えてる??

ここはキャバクラじゃないorいやらしいのは制服だけ
さらに、彼女達は男性客への不満を口にするとき、二言目にはいつも、「ここはキャバクラと違うんだから」という。どう違うのかと尋ねると、「キャバクラは女の子がそれこそ男の望むままに、演じたりしなきゃいけない。それに自分を売ってる感じがする」。そう彼女らにとってこの場所はあくまで焼肉屋なのである。
つまり、彼女らにとってキャバクラは女性が”性”を売る空間。逆に”コスプレ焼肉”は、“コスプレ”が”性”を背負い、自分たち自身は“性”を売っていない空間なのである。やはり”性”を売ることはそんなに簡単なことではない。少なからず抵抗があるのだ。だからこそ”コスプレ”や“焼肉コスプレ"という空間によって、"性"の認識を変える。
彼女たちは見た目こそメイドやポリス、女子高生であるものの中身は普通の18歳の女の子だ。あけっぴろげな話し方。豪快に笑い、ツッコミも入れる。そこにはいやらしさは見受けられない。むしろいやらしく見られないように努めているのかもしれない。「いやらしいのは制服だけ」そう言いたげだった。
帰り際、リカさんが「また、来てねー」と違うテーブルから立って声をかけてきた。明日辞めるんじゃなかった?と聞くと、あそうだったと舌を出した。そう言って座り直すリカさんの短いスカートが妙に自然な気がした。

*最後の論やったとこ、野田論は女性の視点として大事。俺、こーへいが見逃しがちや から、一回入れてみた。女性人チェックしてな。
*あと論っぽかったところは固めすぎてたし散らばした。
*あと各章の題名をみんな考えて。ちゃうやつでも良いし。
*こうへいの最後のは入れた。AERAっぽいやわらかさを目指して。

posted by かじゅき at 05:09| 京都 ☔| Comment(3) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月08日

『メイド喫茶』10/10

「おかえりなさいませ。ご主人様」


「おかえりなさいませ。ご主人様」にっこり笑ってメイド服を着た女の子が、私たちを出迎えてくれる。そのメイド喫茶は、神戸のビルの中にある。外から店内は一切見えないようにされている。店内に一歩足を踏み入れると、そこにはなんともいえない世界が広がる。一見すると普通のカフェ。しかしたっぷりとしたひらひらのレースのカーテンに、壁にはいくつもの天使の絵画。そして音楽はというと多少大きいボリュームでクラシックがかけられている。メイド服の彼女は、いそいそと私たちを席に案内してくれる。メイド服は、膝下の長さのスカート、白いハイソックス、第一ボタンまでしめられたシャツとどこか窮屈なもので、、三つあみに眼鏡というアニメに出てきそうな格好だった。。席につき周囲を見渡すと、平日の二時過ぎという中途半端な時間にも関わらず、席は結構埋まっている。客は皆男性だ。端の席の二人連れ以外、皆一人で来ているようだった。パソコンに向かってなにやら文字を打っている者、携帯片手にメールしている者、週刊誌を食い入るように眺めている者・・・。
しかし、皆一様に落ち着かない。一見何かに熱中しているように見えるが、どうやらそうではないらしい。その理由はメイドが注文を取りにきたときに明らかになった。メイドが側を通るたび、それらの視線はふわふわ動く。メイドがカップにコーヒーを注ぐしかし彼らはメイド服の店員に対して意識的に目を向けない。しかし、全く見ないわけではなく、モノに隠れてちらちら見る。彼らは決してダイレクトにいやらしい視線を投げかけたりしない。それがこのメイド喫茶の暗黙のルールである。女性目当てで来る。この点はコスプレ焼肉と同じである。しかしコスプレ焼肉とは異なり、メイド喫茶では、今の社会にはびこる、短ければ、露出が高ければ「性」という方程式は通用しないのである。
* 日本橋同様、場所の話がやっぱり少し必要かな??やから最小限いれてみた。でもこういうの下手やし誰か書き直して。
* あと「コスプレ焼肉」と「メイド喫茶」の違いは前半部に挿入した。
* その違いを出すためにメイドの描写を前半部に挿入。
* 場所、メイドの描写は誰か手加えて。というか書き換えて。場所は意図ないしお任せ。メイドはえろさなしを表現して欲しい。描写は俺マジセンスない。

「生み出される世界」
「チリンチリン」 鈴がなった。 「はい、ご主人様」
素早くメイドの一人が反応してそのテーブルへ向かう。この店は大して広くない。むしろ狭いほうである。それにも関わらず、どの客も店員を呼ぶときは、この天使の羽をモチーフにした呼び鈴を鳴らす。他の喫茶店でありがちな、「おい」、「ちょっと」などとは決して言わない。
 これはまさに客と店員の両者が生み出す世界である。店員はメイド服を着て、客を「ご主人様」と呼び、つつましさを表現して、まさに“メイド”になりきるのだ。それに対して、客がいかにも“ご主人様”を演じることで、メイドの地位を確保するのだ。
さらにそれに加えて、この店の演出も一役買っている。砂糖と氷はハート型、あらゆる食器は天使で統一されているのである。お互いがご主人様・メイドになりきるような演出がなされた空間である。
駄目もとで取材したいとの旨を伝えた。突拍子の無い質問に少し、戸惑った様子のメイドは「少々お待ちくださいませ」と奥に入っていった。しばらくして、オーナーらしき女性の人が出てきた。「申し訳ございませんが、当店では取材は全て断っておりますので…」。      私たちはプライバシー保護のことや、決して興味本位ではないことを伝えたが、結果は変わらなかった。「当店はコスプレを売りにしているわけでなく、あくまでくつろげる空間を提供させていただいておりますので、そういった個別取材は困るんですよ。他のコスプレ喫茶と一緒にされては困りますので…」。柔らかい口調でそういうと深々とお辞儀をして、奥へ戻って行ってしまった。
 私たちが席を立つと、「行ってらっしゃいませ。ご主人様」と深くお辞儀をし、メイドたちが見送ってくれた。取材も拒否し、徹底したメイドの世界をつくっていた店の一歩外に出ると、メイド喫茶とは明らかに異なる、普通の風景が並んでいた。

* 後半はこーへいの断られたバージョンの方が良い。というのも前半は性の話で、後半はコスプレと、空間によっての変身の話。ってことは変なインタビューより徹底的な世界作りを書くべき。
* 題名をみんな考えといてー



posted by かじゅき at 00:00| 京都 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月07日

就職活動ですねー

 何とか毎日ナビ見てるとエントリーが始まりとのことです。就活の情報収集を怠っていたばつです。何して良いか全くわかりません。とりあえず、希望業種で絞ったあと、職種でさらに絞って残ったとことりあえずエントリーしてやりました。あってるのかどうかもわからず。とりあえず、前に進む。
 就職はしたいけど、就活はほんまいややね。とりあえず、明日は自己分析。あさっては、リードセンター主催のやついこかなってたくらんでます。
 ぼつぼつがんばっるぺ〜。

posted by かじゅき at 22:17| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 就活状況 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月06日

『コスプレ焼肉』訂正版

こーへい、野田ちゃん。岡本さんにまかせっきりになってますよー。子供やないんやから、責任ははたしましょー。 

 コスプレ。それは多少耳にしたことがあるものの、まだまだ馴染みのない言葉である。その言葉に帯びたイメージは、なんとなく、いやらしい。オタクっぽい・・・といったものではないだろうか。
 2002年8月13日(火)、TBSニュースの森で「コミケに熱狂48万人」と題された特集が放送された。35度にもなる会場に3日間で48万人が集まったのである。そして今年2004年も例外ではなく、全国各地でコミックマーケットやコスプレイベントが開催され、あまりの参加者の多さに会場を急遽増設するところもみられた。
またコミケでされる以外のコスプレ。例えばスッチー、ナース、女子高生などのコスプレも存在する。風俗業界は不景気の中、今だに巨大市場を持つ。コスプレしゃぶしゃぶ・焼肉なども年々増加している。更には、ラブホテルやプリクラを置くゲームセンターでは、制服は必須アイテムとなりつつある。
 今、コスプレをする人たちは年々増え続け、その数は何万人というものである。この現象を、マイナーな目で見ていくことはもはや限界かもしれない。何万人もの人々を魅了するコスプレとは、一体なんなのか。そしてコスプレを通じて得られるものとは・・?
その答えを見つけるべく、私たちは出かけた。

『見るだけにして欲しい。それ以上は・・・うざい。Or勘違いが腹立つ。』
とある路地の細道に、その店はあった。煌煌とした店内。コスプレ焼肉というネーミングからは想像できない予想以上の明るさに多少拍子抜けしつつ、店内に入ると奥の席にはすでに一組先客がいた。
「いらっしゃいませ〜」と、店の奥からけだるそうに声がした。黒のミニのメイド服に編みタイツというセクシーないでたち。彼女が最初にテーブルについてくれたリカさん(仮名)である。ぽろぽろと、彼女は色々なものをこぼしていく。野菜に油に、箸からするっと落としてしまう。その度に、はにかむ笑顔がかわいらしい。セクシーな格好に似合わず、彼女の雰囲気はどこかほのぼの、おっとりしている。どうして、コスプレ焼肉で働いているのだろうか。
「やっぱり、時給がいいからかなぁ。家からも近いし。でも、明日でこのバイト辞めるんですよ」そう答えた彼女は少し残念そうに俯いた。なぜ、明日で辞めてしまうのだろう。
「実は、このバイトやってるの彼氏にばれちゃったんですよー。それで別れちゃって、ヨリ戻したいからやめようと思って」なるほど。しかし、なぜ彼氏に黙っていたのだろうか。
 「そりゃあ言えないですよ〜。彼氏どころか親にも言えない!別にやましいことするわけじゃないけど、やっぱりこんな格好だしね」そう言いながら、彼女は改めて自分の着ている服を見回した。短いスカートからは太ももがほとんどのぞいている。今日はメイド服だけれど、毎回違うのを着るのだろうか。「ほんとはいつも制服着てるんですよ。でも今日は気分転換てゆうか、友達と交換したんです。でもいつも着る服は大体決まってて、そんなに色々着たりしない。お客さんの要望があったら着替えるけど」あとからテーブルについたアヤさん(仮名)も、「そうそう。着るのはいつも露出が少なめのやつを選んでる。毎回変えるのとか面倒くさいしね」と、相槌を打った。しかし、コスプレ焼肉で働くということは、少なからず、客に性を提供することになるだろう。
 「たまに勘違いして触ってくる人とかいるけど、そういう人が一番腹たつ。あと、やたらじろじろ見てきたりとか。ほんとキモい」アヤさんは憤慨して机を叩いた。隣のリカさんも、うんうんとうなずいている。しかし一番いや客はと尋ねると「自分らだけで話をしてて、私に無関心な人。だって私いらんやん?ってなるし」。話を聞いていると彼女たちの言うことは、どこか矛盾している。“コスプレ焼肉”には、男性が性的なものを求めて来ているということを十分理解しつつも、性的な目で自分のことを見られるのは嫌がっているのだ。「お客さんが“コスプレをしている女の子”を見にくるのはわかってる。だから見るだけにしてほしい。携帯を聞いたり必要以上のことをされるのはうざい」といって顔をしかめる。

『ここはキャバクラじゃないorいやらしいのは制服だけ』
さらに、彼女達は男性客への不満を口にするとき、二言目にはいつも、「ここはキャバクラと違うんだから」という。どう違うのかと尋ねると、「キャバクラは女の子がそれこそ男の望むままに、演じたりしなきゃいけない。それに自分を売ってる感じがする」。そう彼女らにとってこの場所は焼肉屋なのである。
つまり、彼女らにとってキャバクラは女性が性を売る空間。逆に”コスプレ焼肉”は、“コスプレ”が”性”を背負い、自分たち自身は“性”を売っていない空間と考える。だからこそコスプレ焼肉の従業員が足りなくなることはない。彼女たちは見た目こそメイドやポリス、女子高生であるものの中身は普通の18歳の女の子だ。あけっぴろげな話し方。豪快に笑い、ツッコミも入れる。そこにはいやらしさは見受けられない。むしろいやらしく見られないように努めているのかもしれない。「いやらしいのは制服だけ」そう言いたげだった。
 話を聞いている限り、決して「コスプレが好きだから働く」というわけではなさそうだった。楽して儲ける。それが"コスプレ焼肉”で働く一番の理由だろう。しかし楽して儲けるためには”性”を売る必要がある。男性はもちろん多数が”性”を求める。それに対し女性は“コスプレ”、"コスプレ焼肉”という空間、これらを結びつけ、”自分と結びつかない性”だけを売るという、ある種の思考転換が達成されているのかもしれない。

一番頭に「制服系」の記述なかったから加えました。
『見るだけに・・』は、一見した矛盾を明らかにするためにちっと加えました。
『ここはキャバクラ・・』は少し減らして、足した。

『コスプレ的思考』ってやっぱり『コスプレ』だけでは不可能。それに必要なんは@まず当たり前やけど「制服」。次がA空間。意味のない空間なんてない。「喫茶」「焼肉」いずれも意味が発生してる。前者は「メイド」になりきれる空間。後者は「個人と離れた性」を消費させる空間。と思考転換して読みかえる。
難しいこと言うてるけど、全部に共通するのは、「コスプレ」と「空間」を利用して頭の中で思考転換(物の見方)を達成する。「コミケ」と「メイド」はわかりやすいと思う。直接楽しさのためにやってるから説明しやすいし。
難しいのは「焼肉」。直接楽しい訳ちゃうし、金あるならやりたくはない。でも頭の中で思考転換(ものの見方)は達成する意味ではやっぱり共通して「コスプレ的思考」。コスプレ的思考があれば、日常にはおかしいとされてる「コスプレ焼肉」で働くのも余裕になる。
 それら2つ+日常性(時間性)。安定した日常があるからこそ「コスプレ」が楽しめるということ。「焼肉」では普段学生。「コミケ」ではイベント以外。「喫茶」では他に職など。これら3つの絡みあいの中で「コスプレ的思考」は達成される。これが俺なりの一本の線。
 非日常系に絞ったことでとりあえずA空間B時間の話も筋が比較的通ると思う。
posted by かじゅき at 02:52| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ゼミ<コスプレ> | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『コミケ』訂正版

『コミケに熱狂』
まだ七月半ばだというのに、夏本番の強い日差し。照り返す太陽がまぶしい。目の前にはすでに一糸乱れぬ、長蛇の列が出来ている。ここは南大阪のじばしんイベントホールである。今日はここを会場としてコミケが開催されるのだ。私たちは戸惑いながらもその後に続く。まわりを見渡すと、みんな見た目こそ違うものの、どこかしら似たような雰囲気が漂う。手には大きい荷物とそれぞれパンフレットを持ち、10時に開くはずのドアを今か今かと見つめている。
 10時きっかりにドアが開いた。会場の中に入ると、コミケらしくすでに同人誌の販売やアニメのキャラクターの手作りグッズなどが動線の両側で所狭しと販売されている。そうこうしている間に、会場はあっという間に人がいっぱいになった。いつの間にか、レイヤーたちがどんどん増えてきている。今回は、主にジャンプのアニメがメインらしく、レイヤーには「テニスの王子様」、「鋼の錬金術師」、「NARUTO」のコスプレが多い。しかし、それ以外にも色々いる。ハリーポッターコスプレの「ポッタリアン」や、天使に、ガンダムなどである。

『数時間の別世界』
その中で、ひときわ目立っている女の子が目に止まった。一見、モデルと見間違うくらいの細くて長い足が鮮やかな水色のミニスカートから伸びている。上に羽織った長いオレンジのひらひら上着が、スレンダーな体型を強調している。彼女のまわりには、不思議な雰囲気が漂っていた。
彼女はとても知り合いが多く、歩くたびに声をかけたり、かけられたりしている。これが本城貴嶺さん(仮名)の第一印象である。彼女は若干18歳。その年齢には似つかわしくない、大人びた顔と、はきはきした喋り方。

なぜ、彼女はコスプレをするのだろうか。「家がコスプレ用の服を作っているっていう影響もあるけど、やっぱり自分の趣味かな。ちなみに今日のコンセプトはガンダムのラクスなんです」。彼女の家は、「えんじぇる★も〜ど」というコスプレ制作のお店を出していて、主に通販で売り出しているという。彼女が堂々と会場内を闊歩するわけは、その着ている商品の宣伝のためでもある。
 しかし彼女がコスプレをするのは、宣伝だけのためではない。「やっぱりコスプレをやるのには、違う自分になれるっていう楽しみがあります。毎回キャラクターを変えるたびに、衣裳も変わるし、新しい自分になれる感があって…」。それは今の自分に満足していないということなのだろうか。常に求める違う自分や新しい自分。その裏側には、現代社会への不満や、自己に対する不満があるのでは?
「そんな大袈裟なもんじゃないですよ。ただ楽しいじゃないですか。その数時間だけは現実とは違う世界にいて、いろんなキャラクターの人と喋って盛り上がるのって。それが終われば衣裳も脱いでまたいつもの自分に戻るんですけどね」カラカラと笑いながら、喋るその様子は、どこかさっぱりしていて割り切っている感じがした。

『素の自分じゃおもしろくない』
彼女は、うまく“自分”というものと“コスプレイヤーとしての自分”を使い分けている。例えば彼女の名前、これはもちろん本名ではない。コスプレイヤーならほぼ全員が持っている、この世界での“コスネーム”なのだという。本城貴嶺として、そのキャラクターになりきることで匿名の世界でめいっぱい楽しむのだ。ただコスプレをするのではなく、そのキャラクターになりきることはそんなに重要なことなのだろうか。
「うーん、重要というか・・せっかく何かのキャラクターの衣裳を着るのに素の自分じゃおかしいし、つまんないでしょ。でも会場内でずっとそのキャラを維持するの、なかなか難しいからみんな一番なりきるのって、やっぱり撮影のときじゃないですかね」。この一言で、会場内で見かけたさまざまな風景に対する違和感が一気に解消された気がした。
そう、コスプレイヤーの人々の多くは“撮影”を目的として足を運んでいる。あちこちで見られるフラッシュの嵐。そんなとき、撮られる側のレイヤーたちを見てみると、決まってなにかのポーズを作る。普通のピースはまずあり得ない。必ず自分がしているそのキャラクターを端的に表すことのできるポーズを作るのである。この貴嶺さんも例外ではない。何度か撮影に応じてくれたとき、決まって色々ポーズをつけてくれる。そこには照れなど生じない。カメラに撮られる瞬間、もう“自分”ではなく“本城貴嶺”としてそのキャラクターになっているからである。しかし、それは会場内だけに限られるという。会場の外でまで“コスプレ”をするのはルール違反。それはコスプレイヤーたちの間で暗黙の了解なのだという。

『被るキャラクター』
 更に会場内の、一人一人を観察すると、ある面白いことに気が付いた。彼らには法則がある。それは仲間を通じて、その作品を完成させようとすることである。その中で彼らにはキャラクターの設定があり、それぞれがキャラクターになりきり、作品を楽しむ。しかし、当然ながら人気のあるキャラクターなら必然的に他の人と被ることもあるだろう。
 「確かに、レアキャラとかじゃない限り、メジャーなアニメはキャラが被りがちですよね。だからみんな最近アレンジするんです。ただし、あくまでもそのキャラの特徴とかは変えないんです。微妙に色を変えたり模様を変えたり。自分のオリジナルでそのキャラを表現するんですよ」。しかしこのアレンジというものには、現代社会に充満する「個性主義」を感じずにはいられない。人と同じでは嫌。自分オリジナルを求める傾向である。もちろんレイヤーの全てがそうではない。しかし本来キャラになりきる没個性のコミケ社会にも、個性主義が侵入し始めているのかもしれない。

『コスプレはどんどん広がる』
最後に彼女に質問した。今後コスプレはどうなると思う?「今はまだコスプレは社会には反適合な感じがします。全体的に偏見の目とかあって認められてないっていうか。でも、これからどんどん広がると思います!もうすぐ社会に求められるんじゃないかな、コスプレが。そうなったとき、私たちを偏見の目で見てた社会を見返したいですね」にっこり笑って最後に彼女はこう言った。
いわいるおたくのように「自分らの文化は一般人にわかるはずがない」というスタンスではない。社会に反適合と見られているとわかっているからこそ、「変な人たち」とみられないように、レイヤーはルールやマナーと言ったものを厳守する。コスプレが社会に求められる時代、果たしてそんな時代は来るのだろうか。いや、もう近くまできているのかもしれない。彼女の言葉はそう思わせられるほどに、妙な説得力を持っていた。

『コミケに熱狂』では描写を減らしてみた。量が余裕なら増やしても○。やっぱり量が足りなくなるし、さすがに多いかなって。
野田ちゃんも触れてた長蛇の列、後トイレの行列を入れる意図がちっとわからんかったし削ってみた。意図があるなら言うてな。描写ならカットで。
『数時間の別世界』と『素の自分じゃおもしろくない』は「変身願望」のポイントやしあまり削らず。
『被るキャラクター』では、逆にコスプレ批判を展開。岡本さんの逆で個性がない現代じゃなくて個性が充満したのが現代社会。目指すは脱個性社会。
『コスプレはどんどん広がる』では、「おたく」と区別。社会に認められること歓迎してるし、その証拠としてルールの徹底。列乱さない。撮影スペース。会場でしかコスしないなどから読み取ってもらう。
『ゴスロリ」は使うならファッション系の分野で。でも非日常系だけにする可能性もあるしとりあえず切ってみた。『コミケ」と『喫茶』でだいたい4枚。「焼肉」と「メトロ」で3枚半。はじめと最後で1枚半。写真で一枚。という計算かな。

 

posted by かじゅき at 00:00| 京都 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | ゼミ<コスプレ> | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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