2004年07月10日

有料トイレとの出会い

 この前車で市内を走ってたら、急にお腹がちょ〜痛い。「トイレに行かなければ」という焦りで必死に車を走らせる。数分走って見事にトイレ発見。救われました。って思ったのもつかの間。な・な・なんとトイレ有料。100円もかかるんですよ。びっくりしすぎて漏らしそうになったよ。
 んで後日調べてみたらどうやら、公衆便所が汚いっていう苦情が多かったらしい。観光都市としては聞き流せなかったのか、見事にきれいなトイレを作ったらしい。実験としてとりあえず市内に2つあるみたい。
 そもそもトイレってなかなかすごい。トイレって紙は当たり前、洗浄液、便座シート、ウォシュレットとかかなり充実。この衛生ブームって一体何なんだろうか?

 そもそも衛生思考になったのはいつごろだろうか。やはり西欧の知が日本に輸入され始め、国民化がはかられる明治あたりではないか?西欧化が進み、日本の国民化が進む上で健康というものに手をつけざるをえなかった。
それは1つには純粋に国民というものを強く育てるという理由。じょじょに総力戦体制になるということもあり、強い日本国民を作る必要があった。2つに西欧への日本提示。疫病などが流行する国は非先進国というまなざしがあり、先進国派を目指すために衛生面が整っていることを示す必要があった。

 そして知らず知らずの間に清潔=善、不潔=悪という見方が定着した。現在では誰も疑うことのないものになった。そしてより清潔に、より健康にという方向へ自ら向かう。自分のために、そして外に提示するために。いまだに世界に清潔な国、日本を提示する。きれいなトイレを望んだのはおそらく外国人ではなく、国内の人間なのではないだろうか。

たぶん考えすぎかも・・・
posted by かじゅき at 01:29| 京都 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
明治くらいからなんかな〜。
そのへんはよくわからんねやけど、経済成長の中で公害病が流行った時期があったやんか〜。第2次世界大戦後から公害病が流行るまでは結構突っ走って「キレイにする」って考えがあったんかな!?という疑問。
まぁ、こればっかりはなんも知識なしに述べてみるんやけど、第2次世界大戦の前と公害病流行のあとで、そうゆう「キレイにする」っていう風潮あったんちゃうかな!?ちょっと適当。。。

でも、清潔=善、不潔=悪はあるかもね。バラエティ番組とかでよく描かれる、一人暮らしのものすごい汚い生活を見せて、それを番組の企画でキレイにいちゃおうみたいな。あれはキレイなほうがイイっていうふうに見せてるんやろから、清潔=善、不潔=悪ってな感じはあるやろな。

と思います。
Posted by なおき at 2004年07月10日 15:15
 なおきち君いらっしゃい♪♪嬉しすぎて涙がでるわあーん。
 
 んで清潔、健康の話。やっぱり明治始まってそっこうじゃないと思う。自分の文見直したら明治維新以降そっこう始まったように読めるし反省です。
 総力戦体制、国民と意識するようになるころに急激に進めたっぽい。やしなおきちのが一番有力な時期やなぁ。

 まぁ現在の知の体系につながるというところが大事よなぁ。いわいる一般人が持つ感覚では清潔=善ってのは強い影響力を持つ。
 そのうち書くつもりねんけど、GALやセンターGAYって自分らのこと汚GAL、ギャル汚って呼ぶみたい。これってある意味あり。全然ネガティブなイメージがない。ってかポジティブ。大人の「汚いわ」って批判が何の意味も持たない。だって「汚いのは悪いことじゃない」って価値観。
 俺は半分以上一般人になってしまってるから、彼らを認めにくいんやけど、見てておもろいなって思ったわ。
Posted by かじゅき at 2004年07月10日 23:13
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