2004年10月03日

子供の記事

ふぁい。今日は閉じこもってました。記事とりあえず書いてみました。注文あればつけてください。お願いしまっす。m(・・)m


★☆子供のまなざし☆★


 大人になるとはどういうことか。それは「当たり前」や「常識」を身につけ生活すること。もちろん、社会を生きるために必要なことである。しかし、子供にはその「当たり前」がどのように映っているのだろうか。
そこで最近になって少し批判を浴びるようになってきた大人の「当たり前」、「女/男っぽい」ということについて、二学期も始まって間もない、9月10日に大阪のとある小学校の授業を借りて、5年生の子供たちに話を聞いてみた。


「先生、この人ら誰ー?」一人の男の子の声が、小さい教室に響き渡る。教室に入った瞬間のことだった。20人の生徒たちが不思議そうにこっちを眺めている。すると先生は「この人らは誰でしょー。みんな自分で聞いて当ててみー。」といじわるそうに答えた。
はじめは戸惑っていた生徒たちも、一人が話し始めた途端、一斉に質問を始めた。探偵ごっこのはじまりだ。「名前は何てゆーの」、「何で、今日は来たーん」、「好きな芸人は誰―」「血液型はー」。もっともな質問、そんなん聞いてどうすんやろという質問、様々に飛び交う。三、四人が同時に喋るのは当たり前。子供の無邪気なパワーには圧倒される。


10分程度の質問タイムを終えると、二人が大学生で、話しを聞きに来たことを明かした。そして「今までに女/男だから○○しなさいと親に言われた経験があるか?」を尋ねた。唐突な質問に、生徒たちは不思議そうな顔をしながらも答えてくれた。
男の子は「えーそんなんわからん。泣くなとかくらいかな」「あんまり言われへん」と考えてもあまり出なかったのに対して、女の子は「行儀良くしなさい」「言葉使いに気をつけなさい」「手伝いなさい」とここでは挙げきれないぐらい多くのことを親に注意され、不満気に答える子も多かった。

 更に「大人もできてないのに子供にいうのはずるい」「大人/子供や男/女だからというより、人間的にどうなのかを言って欲しい」など大人の考えを少なからず反対する意見。「私たちのこと思っていってくれているから」「好き嫌いは別として大人になれば気にしないといけない」といった少し距離を置いた、半分賛成の意見もあった。

これらのまなざしを「子供のまなざし」と言ってもいいのではないだろうか。社会の「当たり前」を身につけるだけでなく、その「当たり前」に素朴になぜ?と問い続けることこそが「子供のまなざし」だ。

 取材を終えると、生徒の「昼ご飯食べていきーや」というまるで自分の家かのような言葉に甘えて、10年ぶりの給食をご馳走になった。生徒が私たちに話しかけながら、食器やスプーンを持ってきてくれた。生徒の手から離れ、机に置かれた瞬間に、ふと気づく。今の自分には、食器やスプーンがこんなにも小さく見える。いや、それだけじゃない。机や椅子、教室、グラウンド、全てのものが小さく見えていた。(きっと知らない間にもっと多くのことが見えなくなっているのかもしれない。)

  全文1997文字
posted by かじゅき at 19:33| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ぴーかん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月01日

コミケの記事 


 ぴーかんの書き直しでっす。俺やらかい文章やっぱ苦手やしできたらみんなに添削してほしいです。ブログで恥ずかしかったらメールでもお願いします。






揺れるハートコスプレで変身揺れるハート
 「コミケに熱狂1万人」。35度以上になる真夏の三日間に、有明に1万人が集まる。
 それ以外にも毎週、週末になると各地の会場に若者が集う。
 若者を魅了してやまないコミケとは一体なんなのだろうか。
 

 7月某日。大阪市営地下鉄「なかもず」駅から徒歩5分。周囲にこれといって何もない閑な住宅街の一角、体育館を少し大きくした位の「じばしん南大阪」で開かれるコミケに若者が集った。コミケとはもともとは同人誌販売のみを行っていたが、現在では同人誌販売、グッズ販売、そしてコスプレ写真撮影会を含めてコミケと呼ぶ。

午前10時半。まだまだ午前中とはいえ30度を越える気温の中、開場の30分前から既に50人くらいの人が、きっちり列を乱さぬように並んでいた。でも会場の外には誰一人としてコスプレをしている人はいない。いわゆる普通の格好をしていた。列とは別に、何やら大きな荷物を、重そうにガラガラ引きずりながら、どんどん別の入り口から入っていく人たちもいた。

会場の扉が開き、係員の誘導に従い会場に足を踏み入れた瞬間そこは別世界。すでに会場には100人近くのコスプレイヤーが待ちうけていた。アニメ・ゲーム・漫画で目にするキャラクターのコスチュームに身を包んだ若者たちであふれかえっているのだ。それはもう普通の服を着ているこっちが申し訳なくて正視できない。

その中で特に目立っていたのが、青白く塗りこまれた肌、口さけ女ばりに大きく塗られた紫の口紅、黄色いピンポン玉の目玉、長い爪が装着された黒い手袋、手作りの銀の大きなベルト。一見気味の悪いこのキャラは、「デスノート」という漫画の「リューク」というキャラクター。まるでちょっとした有名人のように、次から次へと激写されていく。
 22歳で京都から来ている大学生という。名前は「大町小町」。思わずぎょっとした私の顔を見てか、すぐに「いや、もちろん本名じゃないですよ。コスネームです」と名刺を出して説明してくれた。どうやらコミケでは本名を名乗ることは滅多にないらしく、みんなコスネームを持っているという。

 コスプレを始めたの二年ほど前。「もともと、変身願望がなかなか強めなんですね。なりきりごっこ大好き!みたいな感じです。おおはしゃぎしちゃってます。ここだけの話やっぱり目立つのも好きだし」と「リューク」の鋭い爪で頭を掻き、少し照れながら話す。
日常生活かコスプレどっちを優先すると尋ねると、少し考えた後「コスプレは大好きだしやめたくない。でもあくまで趣味というスタンス。日常生活がちゃんと送れるからこそ楽しめる。今大学院試験のこともあるし、自重もしてるんですよ」と言った。


日常へかえる 時間を告げる放送が流れると、コスプレイヤーはスムーズに片付けをはじめ、じばしん南大阪」を後にしていった。ピーク時には200人を越える人を収容した会場はきれいに清掃され、静けさを取り戻した。会場を後にした人たちは私服に着替え、日常生活へと戻っていく。週末にはきっと、人々はまたどこかの会場に足を運び、思い思いにコスプレで変身を楽しむのだろう。
posted by かじゅき at 22:20| 京都 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | ぴーかん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月28日

ぼつ、ボツ、没、歿

 ピーカンの記事ぼつです。やっぱりやけど悲しいです。まぁ何しか論っぽくなったり、感想文っぽくなったりしてるみたい。具体性がなかったり、急に難くなったり。
 取材になってないって感じでいわれちまいました。なかなか難しいもんです。何かここに来て小説とか読まない欠点とかでまくってます。読んでも状況描写んとことか飛ばし読みしてる罰があたりました。

 とりあえず「子供」ん方はぐろっぺと一緒にやるとして問題は「コスプレ」の方です。明日運よく再取材するからそれ使おうかな。メイド喫茶かコスプレ焼肉。たぶん論とか考えずに行った方が俺の場合成功するかも。って勝手に思ってるんやけど、とりあえず明日不安なってきたー。

 ゼミもピーカンもぼつくらって、木曜制作ぼつくらったらテンションがた落ちやわー。ってぐちこぼしまくりの日でした。

 
posted by かじゅき at 18:45| 京都 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | ぴーかん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月15日

まなざしの違い

 今日はグループ研究から帰った後、ネタ探しということで「息子のまなざし」を見ました。とりあえずこどもの世界観みたいな漠然としたテーマやし映画がヒントになるかと思って見たんやけどちっと違った。てか関係なかった。

 望んでたんはある物事に対しての子供の見方と大人の見方の違いが出てたらおもろいと思ったんやけど、そういう話じゃなかったらしい。なかなか子供世界観って難しい。

 関連映画とかあったら誰か教えてなー。
posted by かじゅき at 00:00| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ぴーかん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月13日

ぴーすなおやじ

『風俗から見えるピースなおやじ』

 夜の街に多く立ち並ぶ風俗店。いやらしいことは行われていないという名目とは正反対に、ほとんどの人々がそういうことが行われている空間だと認識し、実際行われている。そして人々は風俗店に勤める人、通う人に嫌悪感や違和感を抱くことも少なくない。それは風俗という空間が性を売り買いしている空間という認識があるからだと思う。

 それを証明するように「援助交際」「ブルセラ」など性を売り買いする現象に社会は大きな嫌悪感を抱く。

しかし最近風俗店でおかしな出来事が増えているという。「抜かない」更に言うと「抜きたくない」(性行為を行わない)というおやじが増えているらしい。一般認識を覆すような現象である。
 
@なぜそのようなおやじが増えているのか。おやじ世代では「性行為」が異性間コミュニケーションの最高価値という認識が強い。しかしその価値観が変わってきたのではないか。だからこそ「性行為」以外のコミュニケーションを行なう。
*皮肉としては「性行為」が最高価値でないことを実証するために逆に禁欲的になってしまう。他のコミュニケーションと同等と認識するには至らないようだ。

 Aではなぜキャバクラ(賃金を支払って女性とお酒を飲むところ)でなくて風俗なのか。単に「性行為」以外のコミュニケーションを望むならキャバクラに行くのではないか?という疑問が残る。
 風俗はその場限りという認識が強い(あくまで比較的であるが・・)。つまり一時間料金を払い、一時間で完結する。プライベートという感覚が生まれにくい。提供された時間だけそれに対してキャバクラは一時間料金を払い、一時間で簡潔しない。店外でもおやじと女性の駆け引きが続く。そのような駆け引きのわずらわしさからキャバクラを避けるのではないか。
* 皮肉としてはその場というわかりやすい区切りがないと割り切れないという、おやじ世代の頭のかたさを指摘できる。

 何か結局ピースでなくなってきた感じ(笑)まだインタビューもしてないしはっきり断言できない段階やけどなあ。@、Aについて意見ある人は何かゆーてな。
posted by かじゅき at 01:01| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ぴーかん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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